会社は絶対認めません
2回目の面談は3月22日。
中2日なので特に何も言うことはありません。
まず会社側は「キャリアプランのご提案」と言いつつも退職を受け入れなかった場合の待遇も、実質クビだということも一切口にしません。
提案と言いつつも実質1択です。この1択問題については後々突っ込んでいきます。
会社側は何を言っても突っ込まれるような発言はせず、都合の悪い部分はダンマリです。
ということで条件面で少しで譲歩してもらえるように交渉です。
とりあえず退職金の金額をアップしてもらうべく金額交渉をしてみました。
回答は「これが精一杯の提案です」の一点張り。
後々気づいたことですが、複数が同じ条件を提案 されている場合は1つが崩れるとなし崩しになる可能性があるので、金銭面の条件はなかなか譲歩してくれないようです。
代わりに提案されたのが4月30日までは出社しなくても出勤扱いにして有給休暇はフルで買い取るということです。
わたしはこれを当たり前のように受け取っていましたがタイミングをみてこちらから提案するものいいのではないででょうか。
この時点でこれ以上の進展はありませんでした。
このあと、まずは弁護士に相談にいきました。
弁護士の見解、費用についてはまた改めて。
50歳の求職活動 ㊗令和元年、プータローになりました。
こんにちは。
平成も終わり令和になりましたが、わたしは平成とともにサラリーマンを終えて令和とともにプータローになってしまいました。
退職奨励というかたちのリストラたったのですが、実際に通告されてから約1カ月半の間に労働基準監督署、弁護士、ユニオンといろいろ
相談してみた結果、退職奨励を受け入れることにしました。
簡単な自己紹介をいたしますと、
今年で50歳、バツ×1、高校3年生の娘と後期高齢者の母親を養っています。先日退職した会社には13年超勤務しておりました。
俗にいうバブル世代として就職活動にはまったく苦労せずここまできてしまったという感じです。
現在、求職活動を始めたところですが今後同じような境遇になられた方に参考になるように退職までの流れと会社側はどのようなことを言うのか、誰がどんなアドバイスをしてくれるのか等々お伝えできればと思っています。
また求職活動の内容とともに、せっかく自由な時間もあることなのでいろいろチャレンジしたことなども紹介できればと思っています。
では、まずは退職に至るまでの経緯から…
3月19日
部内会議の招集がありました。
行ってみると来期に向けて組織改正が行われる旨の報告がありました。
続いて一部のメンバーに対しては、「キャリアプランのご提案があります」とのこと。そのメンバーに対してはこの後メールで面談のスケジュールを送るので時間厳守で来てくれとの話がありました。
席に戻ると早速会議依頼のメールが。
行ってみると上司が1名待ってました。
すると「まずはこれを見てください」と説明書という名の紙を1枚渡されました。
そこには、退職日4月30日、特別退職金の金額、有給買取の条件、就職支援サービス、退職自由は会社都合とするという内容のことが書かれていました。
「どう思いますか?」と聞かれたところで即答できるはずもなく、
上司からはいろいろと相談したり検討することもあるでしょうから面談の設定日以外は出勤しなくても出勤扱いにするのでよく考えてくださいと言われて部屋を出ました。
このあと何を考えたかというと
まずは来年大学に進学する娘の学費が賄えるかということ
外資系だからなのか、もともと退職金はない会社なので退職金をもらって辞められるのはラッキーなのでは?ということ
同様にキャリアプランを提案された人たちの条件はどうなのだろうということ
果たしてこの退職推奨は法律的に有効なのだろうか?
こんなことをあれこれ考えていました。
ここから約1カ月半の会社との交渉が始まりました。
第2回の面談以降の内容は追って紹介していきます。